過去と未来から「いま」を見る

―感情・創造・意思決定の時代へ―

アイデアプラント
代表
石井力重

アイデアプラント 代表 石井力重

私たちは常に斬新でユニークなアイデアを求めていると言っても過言ではないだろう。しかし、ビジネスに有用なアイデアを生み出すのは簡単ではなく、どれだけ考えても出てこないときはまったく浮かんでこない。優れたアイデアを出すコツはあるのだろうか。そもそもアイデア出しは誰にでもできることなのだろうか。アイデア創出支援の専門家として活躍する石井力重氏に、アイデア創出の極意を訊く。

企業が求めているのはシーズよりもアイデア?

石井さんが立ち上げたアイデアプラントではさまざまな企業や団体に対してアイデア創出を支援するとともに、アイデア創出のツールの開発や販売をしておられます。

石井 昔からアイデアを出すのは好きでしたが、転機になったのは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のフェローとして、大学のシーズを企業に技術移転する任務を得たときでした。宮城県仙台市は大学に対する企業の割合が少ない特異な街なんです。企業に行くと「技術は間に合っている。その技術を事業化するアイデアがほしい」と言われて、一緒に考えるようになったんです。

ブレインストーミングを楽しく体験できる『ブレスター』(アイデアプラント)

そのうち「石井さんに毎回来てもらうのも大変だし、社員だけでアイデア出しができるようにならないかな?」と相談され、それで開発したのが『ブレスター』でした。どなたでも楽しみながらブレインストーミングを体験できるカードゲーム形式のツールです。

企業には多様な人材がいますから、アイデアを出すのが得意な人もいれば、そうではない人もいるのではないでしょうか。

スポーツに得手不得手があるのと同じことかなと思っています。社会には常にアイデアが湧く天才が5%います。その次に日々ひらめきはあるけれど、ときどきスランプもあるnext5%の層がいて、この人たちはアイデア発想の技術を学べば、容易に上位層に移行できるはずです。

では、上位の人たちだけがアイデアを出せばいいかといえば、そうではありません。 私が心の中で師事している方とお会いしたときに 「石井さんはいまは企業の先端部門へ出向いて大きなイノベーションを中心に対応しているけれど、これからは小さいイノベーションも支援していくべきだと思う」と言われました。大きいイノベーションなら、それなりに大きな変化が期待できますが、社会はそればかりではないということかなと思っています。

アイデア発想的視点から考える未来の世界

小さいイノベーションを支援すべきなのはなぜでしょうか。時代の変化ということでしょうか。

石井 私個人はこんな風に考えています。

2035年にシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えると言われています。そのころには本格的なAI(人工知能)が普及し、多くの人たちがいまとは違う仕事をしていることでしょう。AIに仕事を奪われるとか失職するといったことではなく、通信技術の発達で電話交換手という職業がなくなり、自動車の誕生で御者が運転手に代わったように、仕事の姿が変わるだけです。いまはロボットデザイナーやマルチメディアクリエイターが特別な肩書に見えますが、それらが当たり前の職業になるかもしれません。

未来の世界では、人間は人間にしかできない「感情」「創造」「意思決定」に関係する仕事に専念すると思います。2035年のオフィスに出社するのはアイデア会議のため。メール返信や経費精算のような仕事はすべて肩に乗せたバディロボットが代行してくれるので、人間は毎日新しいことだけをやればいい。

それはすごい楽しそう! 毎日アイデア発想の会議だけだと思ったらワクワクします。

石井 そんな風にアイデア発想を心から楽しめる人は良いのですが、そうではない人たちのための教育や研修も必要。スポーツはトレーニングによって上達しますよね。練習すれば誰でもオリンピック選手になれるとは思いませんが、スポーツに親しみ、楽しむことはできるようになります。

先ほどの「感情」「創造」「意思決定」についてもう少し教えてください。

石井 A社とB社が同じ機能で同じ価格の商品を出しているとします。A社は従業員の離職率が異常に高く、B社は従業員に愛されているとしたら、多くの人がB社の製品を選ぶのではないでしょうか。このような商品本来の機能ではないところで意思決定する購買行動を「感性消費」と呼びます。

昔は情報に乏しく、従業員の待遇なんて分かりませんでしたが、いまはいくらでも情報が得られます。私は娘の塾選びの際にリサーチしました。転職サイトを見ると退職者の口コミが載っていて、劣悪な労働環境が伺えるコメントもありました。大切な娘をそんなストレスが渦巻く環境で学ばせたくないと思うのは当然のことですし、今の世の中、その程度の情報を調べることは難しくありません。これからは、社員が、健全な感情で働ける、まっとうな業務デザインの企業が勝ちます。

昔は情報に乏しく、従業員の待遇なんて分かりませんでしたが、いまはいくらでも情報が得られます。私は娘の塾選びの際にリサーチしました。転職サイトを見ると退職者の口コミが載っていて、劣悪な労働環境が伺えるコメントもありました。大切な娘をそんなストレスが渦巻く環境で学ばせたくないと思うのは当然のことですし、今の世の中、その程度の情報を調べることは難しくありません。これからは、社員が、健全な感情で働ける、まっとうな業務デザインの企業が勝ちます。

「創造」と「意思決定」はいかがでしょうか。

石井 「創造」とは考えること、何かを生み出すこと。昔はオペレーションを効率化することで生産性を高めてきましたが、未来社会ではアシスタントロボットが担うので、人間は創造的な時間が増えていくことでしょう。しかし、ロボットがどれほど進化をしても、「意思決定」は機械に委ねることができません。ロボットがオペレーションを効率的に進めるほどに仕事量が増え、人間は膨大な意思決定を迫られることになるでしょう。意思決定は脳にものすごくストレスがかかりますから、それはまた別に考える必要がありそうです。

創造力を最大限に引き出す組織づくり

来る2035年に向けて、いまから何か備えておくことはできるでしょうか。

石井 創造する技術やスキルは学んでおく方がよいでしょうね。ブレインストーミングを開発したオズボーンの文献からいくつか紹介しますと、人間のイマジネーションを促進するには「環境」「人間」「締め切り効果」が重要。「環境」は3B(bed、bus、bath)などが有名ですね。「人間」はco-worker、同僚のことです。「この人と話すとアイデアが広がる」「創造性が刺激される」と思った経験はありませんか。有名なセミナー講師など大勢に影響を与えられる電波塔のような人もいますが、身近な同僚でも相性次第で良い刺激になりますから、それができる相手との対話を増やすのも良いでしょう。「締め切り効果」はその名の通り、締め切り間際になると一気に生産性があがるというもの。この心理を上手に使えると良いですよね。

組織として、創造性向上のためにできることはありますか。

石井 創造的な組織風土を作ることです。何か目標があるとき「この方法でこれこれの結果を出してください」と指示すると失敗しやすいですが、「方法は任せるのでこれこれの結果を出してください」と指示すると、創造性が発揮されて結果を出せることが多い。後者のような仕事ができる組織だと良いと思います。

先ほど相性の良い同僚と対話することを提案しましたが、話してみるまでは相性が良いかどうかが分かりませんから、組織として、従業員同士の接触機会を増やすのもが良いかもしれません。ある調査によれば、旧知のメンバーだけのグループを5、全員が初対面のグループを0とすると、イノベーションが最も起こりやすいのは2.5くらいだそうです。知りすぎた相手では新鮮な意見が出にくいけれど、知らない相手とは議論をしにくく、「知っている人も少しいる」くらいのグループがちょうど良いそうです。そういう関係性づくりを組織として支援するのも良いのではないでしょうか。

バックキャスティングはアイデア創出に活かせるか

最後に当媒体のテーマであるバックキャスティングについてお伺いします。アイデア創出とバックキャスティングはずばり相性が良いものでしょうか。

石井 アイデア創出には2つの方向性があり、1つは演繹的に考えていく方法。アイデア創出支援でよく使うのは「9windows」という手法。いま現在の製品と、その上位システム・下位システムを設定し、それぞれについて10年前の状態と5年後の状態を考えるというもの。もう1つはバックキャスティングですね。未来から遡って、いまを考えるというもの。結論から言えば、この2つの方法を一緒にやる方がアイデアが出やすいです。

10年前の状態と5年後の状態を考えることでアイデアを広げていく『9windows』(アイデアプラント)

しかし、企業の方からは「バックキャスティングをやってみたけど、ダメだった」という声をよく聞きます。詳しくお伺いすると、うまくいかなかった事例のほとんどは未来の描き方に問題がありました。「未来の人たちは我々よりもスマートだから、これくらいは簡単にできるだろう」「いまよりもITが発展しているから、この課題は解決できていることを前提にしよう」という具合に、いまの自分たちにとって都合のよい未来を描いています。断言しましょう。そんな未来はないです。50年前の人達が、“50年たったら、人々は何とかしているだろう”という意思決定をしたものは、今の社会の苦しい部分ですよね。

バックキャスティングはあるべき未来の姿から逆算しますから、最初の設定が誤っていれば、遡って得られる答えも違ってしまいますね。

石井 それだけ未来を考えるのは難しいということでもあります。未来構想系の先生の手法ベースに、私が提案しているのは「怒れる未来人」になること。10年後でも20年後でもいい、未来人になったつもりで「なぜ2019年の人たちはこの問題を解決してくれなかったのか」とクレームを言うんです。実際、身の回りにあるものでクレームを言いたいものはありませんか。21世紀になった今でも、すし詰めの満員電車、開封しにくいパッケージ、歩きスマホなど、10年前の世界から良くなっていない、あるいは悪化していることがいろいろとあるでしょう。「なぜ10年前の人たちはこの問題を解決してくれなかったのか」と思いますよね。そういう意味で、10年後の未来人が何に怒っているかを考えるんです。

グループでは未来人としてクレームを言う立場と、意思決定をする現代人の立場とに分かれて、意見交換をすると議論が活性化します。そのためには10年後の生活者の立場を想像しなければなりませんが、そこに「9windows」が活用できます。いきなり未来を考えるのは難しいですが、過去を振り返り、現代までにどんな変化が起きているかを整理することで「10年でこのくらい進化したなら、5年後にはこのくらいできるだろう」という見立てをしやすいのです。

なるほど、「9windows」で未来を考える土壌をつくってから、未来人として怒ってみるわけですね。

石井 これを続けて実施することがコツです。我々の脳は一度温めると、そのあとは活発に動かせますから。また、「未来(N年後)の変化量=過去(2N年前)から今への変化量」という傾向を知っておくと考えやすいです。たとえば、2030年の通信端末を考えるなら、はじめに2000年ころの携帯電話と現代のスマートフォンについてインプットすると「20年間でこのくらい進化するなら、10年後はこのくらい進化するだろう」と想像しやすくなります。このとき、製品そのものだけではなく。周辺環境も併せて考えると良いですね。

こういう議論は若い世代の方が得意でしょうか。それとも過去を知る年配者が向いているでしょうか。

石井 若い世代は未来の当事者ですし、議論に交えるべきですが、若いからうまくいくわけではありません。普通、人が未来を想像できる範囲は人生経験の半分程度で、つまり40歳なら20年先くらいまで考えることができます。年配者の方が振り幅は大きいので、そういう意味で年配者の方が向いている傾向があります。

それからもう一つ、進化トレンドを知っておくこともアイデア創出のコツです。進化するときには複雑さを増しますが、ピークに達するとそのあとは複雑さが減少する、これを「トリミング」と呼びます。そのピークがどうすれば分かるかと言うと、学術的根拠は示されていませんが、デザイナーが「カラーバリエーションが出たとき」だと言っていて、実際いろいろな製品を考えると、当てはまっているんですよね。

物事が進化するとき、ピークに達したらバリエーションが増えて、そのあとは回帰します。昼食事情で言えば、家内制手工業の時代は自宅で食べて、働きに出るようになるとお弁当を持っていき、やがて職場に社食が作られ、外食産業が盛り上がり、でもいま再びお弁当が注目されています。ただし、回帰するときにまったく同じ場所に戻るわけではありません。いま流行りのお弁当箱は持ち運びやすく機能も多様で、かつてのお弁当とは様相が違っていますよね。現代風に進化しているのです。
こんな具合に、自分たちの産業の歴史を紐解いてみてはいかがでしょうか。製品領域なら産業資料館、食品や住宅分野で言えば、民族歴史館のような場所にこそ、未来へのヒントがあるかもしれません。

ありがとうございました。

プロフィール

石井 力重(いしい・りきえ)
アイデア創出支援の専門家。
1973年千葉県生まれ。東北大学大学院・理学研究科修士課程卒業。ブレインストーミングや創造技法の実践と理論の両面に強い興味を持ち、創造工学(Creative Problem Solving、TRIZ)を研究中。人がアイデアを考え出す際のプロセスを研究しており、そこから、創造的思考を補佐する「アイデア創出の道具」を生み出す。所属学会:日本創造学会。著書に『アイデア・スイッチ 次々と発想を生み出す装置』(日本実業出版、2009年)。早稲田大学・非常勤講師(デザイン論)、奈良女子大学・非常勤講師(創造学)